WW 問題その2

 回転木馬に乗りながら PSP で映画を見ている僕と君がこんにちは! 何からはじめたらいいのかサッパリ分からないので、ひさびさにテキトー挨拶ではじめてみました。それで。前回のわかる&ワカル問題なのですが、あれは(非常に申し訳ないことに)説明がズレていたみたいだ。たしかに時を重ねるにつれて明らかになることもあるが、この感覚は前回の日記を書いたときから捉えていて、しかしそれを言葉にする際に写し違えてしまった。論理の糸に引っ張られて、別の方向にぐいぐい行ってしまった。こういうことですすいません。
 いや、前回のあれだって強ち間違いとは言えないんだけど、決定的(まあそれも「現段階で」という断りつきですが)なとこを落としていたことに気づいた。すなわち、どうやら近頃、僕は、集中して読めていないのだ。どういうわけか、わからないのだが、インターネット日記を読んでいるときは意識が散漫なのだ。そういう関係で、僕は近頃どうも他人の書いた日記を「わかる」ことが少ない。意味をとるので精一杯で、日記を楽しむとか、味わうとかそういう境地に至っていない。いや、日記だけではない。本を読むにしたってそうで、ま、そうなんです。
 さて少し話が逸れるが、今後はたぶんこういう、前書いた内容に言及する日記が多くなると思います。いや、多くすると思います。なにかといえば、僕の生活がパッとしない理由のひとつに、「ちゃんと取り組んでいない」ことがあると思う。あると思う、というか確実にある、と言ってしまおう。なにかにつけ意識が散漫で集中することがないから僕のわかる&ワカル問題(略して WW 問題)なんかも生じるのだと言えるし、そう考えてくるとこの WW 問題というのは僕の生活態度そのものに関わっているのだと、ひとまず言える。あるていど根本的な治療が必要なのだと。
  2 段階に話が逸れた。自己言及が増えるよ、という話で、なぜかといえば「気がかりというものは、そいつを(自分のなかで)死に至らしめるまで、徹底的にやり込めなければならない。」と、最近思ったのでした。止めをささなければ奴は何度でも立ち上がって眼前に現れるだろうから。(ところでこういうセリフを言うとき、僕はどういう気持ちなのか、格好つけているのか、冷めているのか、それとも「素」なのか)。それからまあ、やっぱし、結論急ぐとロクなことがないよ、とも改めて思うので、日を改め改め、なんどもしつこく同じ問題を考えようかと。そいで、それが生活態度の改善にもつながる、と、こう企んでいるわけです。都合いいな。