冷蔵庫で弾む

 あんまり時間なかったんだけど。要するに、豆腐の角を曲がれば何処からともなくクラッカーの紙ヒモが飛んできて僕に覆いかぶさる、困惑する僕の前に気の知れた友人がケタケタ笑いながら現れてきて、ハッピーバースデイ、正しくは緑青の羽根を空高く乗り越しても私はいつかの日没、あの輝かしい糸の叫びを前にして立ち尽くすだけだった。とてもじゃないが、足から手、手から足まで靴下が家の外に自生して、雨がしとしと降って、トストトトストストストスと白い球がたった狭い庭を埋め尽くして、蕩尽している。かわいそうだと僕は思った。遠い遠い地平線を眺めて、近づいてきた。これは何だろうと立っていると、幅をもたないものが黒く目の前に急に広がって、当たりはおよそ色というものを失った。五感のつぎは六感だ、六感のつぎは七感だ、やれやれ、注文を受けたことのない人間はどうしようもないな、呟いて、ティッシュに淡を取り出す。本棚の本に手をのばし、手に取る。激しい空腹を感じる。外の景色が見えない。と、私の身体はとつぜんに勢いを得て、物質の存在を無視して青空に飛び立っていった。空間の裂け目に飛びこまなければならん。空間の裂け目に、ごはん粒をつぶしたものを詰めこんで、糊とした。時間と空間を同じ基準で扱うことに怒りを感じ、時間の移動不可能、空間というそれ自体の制約、……怒り? そんなものは嘘だ。気がつくと板の上に、見えない聞こえない、足踏み、空腹。私はかんたんな地図を書くことにした。まず、この世界の端を探そう。球面にも端はある。つまりどこかから球面を切り開けばいいわけである。端はいたるところにある。私のいるところ常に端でありえ、同時に中心でもありえる。どこに端をおくかの問題でしかないし、どこに端をおくかはまったく自由に許されている。彼は要請に応じた。耳にしたことのない言葉を話しながら、編み物の針、布の糸と糸のすきま、すきまの中にすきま、あらゆるすきまを探しだそうとしていた。落とした針の音がして、空中で立っていた。空腹だ。言葉を食べる、そういうわけにはいかない。物質を、物質的に体内に入れなければ。言葉なぞなんの栄養にもならない。それどころか害悪ですらある。この世界から言葉を追放すべきだ。言葉を、この世界の外に追いやってしまわねばならん。そうしてこの世界に残ったのは、食べて栄養になる、有益なものばかりになるだろう。彼はしゃがんだまま言った。そんなにペットボトルや缶やビンを集めてどうするのかと。彼女は言った。化学による分析なんてちょっとしたひょうしで無効になってしまうわ、と。彼は立ちあがって言った。僕は彼女を攻撃する。すると彼女は消えるどころか、ますますその存在を主張するようになるだろう。これは彼女の意思によらない。彼女はため息をつき、イスに座って言った。私は彼に攻撃される。私は痛い思いをする。彼の存在は少しだけ気にかかるかもしれないが、それでもいつ消えてもいいものだ。枕のゆがんだ面をなぞり、そっと眠りにつこうとする。みずからが布団のなかに溶けていく想像をする。眠れずに薄く明かりをつけ、活字に眼をやる。