記号の用法について II

 今日も! 言葉のはしばしに過剰な反応を示す僕が話をします。記号の用法について II 。本日問題にしたいのは、おなじみ「=」です。ゲタ印(〓)ではなく「=」ですよ。いわゆるイコール。 1+1=2 。あるいは (x+y)^2=x^2+2xy+y^2 。まあこういうイコールです。こいつはしばしば数学以外の世界にも利用されます。ふつうの文章で、会話で、日常にわれわれが「イコール」を口にする機会は少なくありません。そしてそういう場では、イコールがむすぶものは数と数だけではない。言葉と言葉であります*1。どういうことか。いやあの、今日ニュース見ていてですね、解説者が、第四次中東戦争に因る石油危機とこれに類似するいくつかの例を挙げて、中東で紛争が起これば石油価格は高騰するんですヨ、という経験的法則を説いていたのですが、これを端的に表したつもりでですね後ろの画面になんと「紛争=石油価格高騰」と、でかでかと掲げていやがったのです。いやがったのですよ。いや。嫌がった、のではなく、掲げてい“やがった”のです! こういった風景を見るにつけ、僕は心の中で烈しいセリフのひとつを吐いてしまうのですが、しかしここで罵倒してももずくの川流れ(この創作句に意味はありません)。もうすこし沈着に検討してみます。
 まず数学の視点(所詮僕は文系受験生ですが)から見て、「中東で紛争が起これば石油価格は高騰する」という命題は論理的に正しいものとは言えない。なぜならどこかに反例がないとは言い切れないから。石油価格が高騰しない紛争があったっていいじゃない……いや、紛争自体あってはならないものなのですがえーと。まあともかく、先の命題を演繹的に導くことはできないから、これは正しいとは言えないわけです。――でもこれは屁理屈というもの。記号を使用する場を論理の空間から物質の世界に移した時点で、もはや論理的絶対は生じえません。ここはひとつ譲歩する必要があります。すなわち、物質の世界に対して用いられるイコールは論理的必然性を要請しない。もっとこう、予定調和的で、なぁなぁのイコールなのだ、と。
 ならばどうでしょう、ここで直ちに「紛争=石油価格高騰」の等式を承認できますか。いや、いや、まだつっこむ余地がある。いい加減意地が悪いですが、続けます。何につっこむかと言えば、そもそも記号の意味をとり違えていないか? ということ。イコールとはすなわち「等しい」。等しい、です。等しいという言葉の意味、思いだしてください。置き替えてみましょう。「紛争は石油価格高騰に等しい」。あれっ、案外意味が通るじゃないか。ちょっと待ってよ。ねえ。違うって。記号の「=」さえ上述のようになぁなぁな使い方されてんのに、況んやカタカナに取り出され日常に馴染んだ「イコール」は……という話であり、一方で僕は「=」の本来的な意味に立ち返って考えようと言っている。つまりねえ、イコールのあらわす「等しい」というのは「完全に同じものである」という意味ですよねだいたい。しかるに中東での紛争と石油価格が高騰するのとが同じ内容だとは言えませんよね。……んぐ。もどかしいな。日常言語で「完全に同じ」という、 ideal な(そして、ゆえに現実世界にはありえない)性質を扱うのは斯くも困難なことなのか。同じというのは表現をずらせば完全コピーですよ。デスクトップにあるファイルを右クリックでコピー、貼り付け。これで中身が完全に同一の二つのファイルができます*2。こういう有様を「イコール」のイメージとするならば、先のイコールの用法が正しいとは、中東の紛争イコール石油価格高騰とは、言えないはず。中東の紛争.txt と石油価格高騰.txt を開いて比べてみろ。ぜんぜん違うでしょ。……え? でも待てよ、そうとも言いきれないな、よく考えろ、最初のほうの (x+y)^2=x^2+2xy+y^2 という等式、これの左辺と右辺がまったく同じものであると、あなたは初見で断定できるか? できまい? 見た目、ぜんぜん違うではないか。見た目は違うが、左辺を展開してみれば等しいことがわかるわけだ。すると同じように「紛争=石油価格高騰」も直ちに否定できるものではない。よく検討すれば、この両辺は等しいものであると言えるかもしれないぞ。ではどう等しくなるのか。中東における紛争と石油価格高騰とは、本質的に同じものだと言えるか? ――残念ながら、僕にはその答えは見つからない。これ(紛争と石油価格高騰を同一とできるか)は途方もない問題なのかもしれないし、それともあっけない単純な答えがあるのかもしれないが、今の僕には見当もつかない――。
 いやいやいや。今までのはぜんぶ寄り道だ。添え物だ。実際に言いたかったことはこれだけ:そもそもさ、こんなイコールなんて記号を持ち込むからいけないんであってさ、そういう内容を表すには「⇒」という、もっと適切な記号があるじゃないのさ、って、ほんとは、言いたかっただけなんだよな。「紛争⇒石油価格高騰」。論理的厳密性に欠くことに目をつぶれば、これなら納得できるよね。まったく紛らわしいことすんなよな(タバコをふかしながら)。

*1:まあ数学も言葉だ、といえばそのようですが、とりあえず日常会話で用いる言葉として

*2:「いや、ここが違ってるよ」など細かいことありそうですが、見過ごしてください