問題にとりくむために

 前まえから言ってるように、僕は問題解決が下手だ。それは怠惰で動かないのもあるが、より突き詰めれば「あたりまえのことができていない」からなのだと思う。それは何故だか知らん。けども、めんどうなステップを踏むのを厭うたり、途中で気が変わってしまったりして、結局のところまともに地道に取り組んでいれば成功しただろうことをみすみす逃しつづけている。
 ……ということと関係あるかわからないが、その「あたりまえのことをする」ための方法を思いついてみた。即ち、問題を出して、その解法を考え、しかるのち実行する。これ、問いを立て、解決方法を考え、実行する、というあたりまえのプロセスをドリル形式にしただけです。あるいはあたりまえのプロセスを定式化して言葉にしてみたわけです。さいきん「暗黙知」と「形式知」という言葉がよく頭に浮かんでいて、言葉にしてきちっと表現するのはとても大事だよなあと知りはじめているところです。この暗黙知形式知という言葉も言語化、ですよね。いまさっき出した解決法は、言語化する(道具として使えるようにする)のに加え、設問化して当人にそれを解くように志向させている、と説明できる。ただまだ使ったことないので効果のほどはわかりません。
 関連して、いい話を読んだのでリンク掲げときます:
http://www.a-l-p.net/htmls/omoidasu.html

勉強の極意は、
わかる
覚える
思い出す
に尽きます。

 そのことについてよく体得している(真に理解している)人だから書けることだと思います。「思い出す」というのはうすうす意識はしていたし少しずつ実行もしたことはあるけど、つい忘れがちなことです。知ってはいても自由に使えないことは多い。それは能力の問題というより、ついつい使うのを怠ってしまうんですよね。その意味で、こういう文章を読んだりなどして同じことでもたまに意識にのぼらせることが大切だよなあと思います。