笑い・表現・ズレ

 特にサンプルはなしで、主に概念的イメージのみで。あと負担の軽減のために断定調。テキストサイトに言及するのは僕の癖ですが、特別意味があるわけではなく、「面白味を志向した文章」程度に考えてくれればいいと思う。

  • テキストサイト的文章表現は事実をぼかしてズラした表現といえる。
  • 確かに、笑いは真っ当な現実から一歩二歩ズレた地点に生じる。
  • いつでも笑いは逸脱のなかにある。
  • つまり、テキストサイトは(主に)笑いを志向するから、必然的に常識からの逸脱をも志向すると。
  • あと、逸脱≒ズレ。ね。
  • お笑い芸人は自ら常識を“逸脱”してみせるけど、テキストサイトは文章によって常識に“ズレ”を生じさせる。
  • この「常識」というのは、赤信号は止まる、とかだけではなく、むやみに倒置法を使わないとか、文章作法上の約束事なんかも含めて。
  • まあ、この視点ではお笑い芸人もテキストサイトも大差はないと思う。つまり、テキストサイトはズレを駆使すると。
  • ズレはわかった。では、「ぼかし」は?
  • ズレがことごとく現実をぼかしてしまうわけではあるまい。
  • むしろ、ズレが、ド真ん中の表現よりも鮮烈に現実を示唆することがありうるだろう。
  • たとえば、風刺やパロディ。
  • これは笑いという言葉にも当然、通じている。が、それらの直接の関係はよくわからない。保留。
  • 戻ると、ズレはもっと下の段階で、ぼかしを伴う。
  • ずらされた表現は、表面的にはぼかされて判りづらくなっている。
  • が、受容者の内部に作用して、ものごとの本質を喚起する、という仕組み。
  • 知覚よりも、直感や記憶に訴えかける、あるいは、自己内の対話を誘発する表現。
  • ここで、ぼかし自体はほとんど意味をもたない。あくまでズレの副産物である。
  • 戻る。ところで、テキストサイト自体は(主に)風刺を志向してはいないだろう。
  • あくまで「おもしろい」ということである。
  • だが、ここにも、現実をド真ん中の表現よりも的確に捉えた表現があるように思われる。
  • ただし、それは笑いへの志向から生じるのではなく、その志向から導き出されるズレにかかわる。
  • 注意しておくと、ズレ自体が現実を捕まえるのではない。より的確で効果的な表現は、ド真ん中からズレた地点にあるのだ、ということ。
  • どこかに裏道があるはずなのだ。探せ、探せ。

 補足。当初「テキストサイト的表現とは何だろう」という思いからつらつらひとりごちた内容に加筆修正を加えただけなので、特に「笑いと表現、そしてズレ」という題で考えたわけではなく、結果的にその 2 つの主題が浮かび上がっただけです。強いてこの 2 つをつなげるとすれば、双方ともズレ(逸脱)が係わるということですね。ただし、笑いはズレを必然的に要請するが、表現は偶然的にズレている、というところかな。